レモンの歴史

広島が生産量日本一になるまで

日本にレモンが伝わってきたのは1873年(明治6年)にイタリア人が旅行中に熱海の旅館の庭に植えたことが始まりだと言われています。それから20年以上の時が経ち、1897年(明治31年)、ひょんなことをきっかけに広島にレモンが伝わってきました。和歌山から買ったネーブルの苗木に偶然レモンの苗木が3本混入しており、どれどれと試しに植えてみたことから始まりました。瀬戸内の気候とレモンは相性がよく、レモンがよく育ちました。それにより、栽培する人たちが増えていき、大正時代にはなんとレモンの海外輸出をしている時期もあったほどです。近年では、外国産のレモンが日本に輸入されるようになり、外国産のレモンに国内市場が押されるような時期もありましたが、輸入時の保存に使用する防カビ剤などの安全面の不安から、戦前には一時外国産のレモンが輸入禁止になりました。それが要因となり新鮮なまま食卓に届けられる国産レモンへの需要が高まり価格が高騰したことで、瀬戸内海沿岸部にレモンの栽培面積がどんどん増えていきました。そしてその勢いのまま、全国の中でもレモンの栽培を活発にしていた広島県は、1953年(昭和28年)にレモンの生産量が日本一になり、そして現在では国内生産の6割のレモンを広島が担っています。

国産のレモン

なぜ国産のレモンがいいのか

レモンの国内自給率は1割程度しかなく、世の中に流通しているほとんどのレモンは輸入品です。国内自給率が上がらない理由はいくつかありますが、その中の1つとして国内にレモンの栽培に適している環境、場所が限られていることが挙げられます。なぜ広島ではレモンがよく育つのかは、次の章で紹介しています。レモンの国内需要に応えるためにも、外国産レモンの輸入に頼っていますが、外国産のレモンは未成熟のままの出荷が余儀なくされていたり、防腐剤、防カビ剤が使用された状態で船積みされたりしています。そのためレモンの品質だけではなく食品としての安全面を不安材料が多いです。その一方、国内生産のレモンは、薬剤等は使わず完熟したものが流通するため、品質、安全性がともに高いレベルを保ちながら私たちの食卓に届けることができます。

恵まれた気候

レモンの育成にとって希少な気候

レモンは他の柑橘類の果物に比べると栽培に適した気候条件が難しいです。その条件としては、温暖な気候であること。(レモンは気温が氷点下3度になると枯死します)台風などの強風が吹かない土地であること。年間を通じて降水量が少なく、乾燥しやすいこと。が挙げられています。瀬戸内海式の温暖で安定した気候は、その3つの条件に当てはまるレモン栽培に適した数少ない気候です。広島で産地として有名なのが、大崎下島・豊島・大崎上島で栽培されている「大長レモン」と生口島・高根島で栽培されている「瀬戸田レモン」です。

レモンの栄養

ビタミンCだけではない、驚きのキレート作用。

レモンと言えばビタミンCが豊富というイメージを持たれている方が多いと思います。確かにビタミンCはコラーゲンの生成に必須で、お肌にハリと弾力を与えてくれる女性には眉唾ものの効果を発揮しますが、レモンにはその他にも多くの栄養素が含まれています。その中でも特にご紹介したいのがクエン酸による「キレート作用」です。レモンに多く含まれるクエン酸にはカルシウムの吸収を促進する働きがあり、この作用を「キレート作用」と言います。カルシウムと言えば牛乳!と連想する方が多いと思いますが、カルシウムは吸収されづらいミネラルで、たった40%ほどしか吸収されません。しかしレモンを上手に活用することでカルシウムの吸収を促進することができ、骨密度、骨代謝のアップに繋がります。日本人はカルシムの摂取量が低い傾向があるのでレモンを食べて健やかな毎日を送っていきましょう。